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2009年4月

お産⑤

22:30 晩ご飯を食べテレビを見てぼんやり。
10分から15分周期的に痛いかな。
けど昨日と同じような痛みだし、今夜も前駆陣痛かぁ。
夫から京都へ着いたよとの電話。
両親もとっくに眠り、私も寝ようと横になるが痛くて眠れない。
横になっているのが辛い。
寝るのを諦めてソファに移動。
立ったり座ったり四つん這いになったり歩いたり。
合間合間にうとうとしたり、お腹や腰をすりすり。
あぁいつまでつづくかわからないこの前駆陣痛よ・・・
3:00 もうかれこれ四時間以上周期的な痛みが続いてて心細さが限界。
母を起こそうかとも思ったがやめる。
昨日の今日だから母も疲れているだろう。
夜中に申し訳ないと思いつつ助産院の先生に電話。
「いつでもきていいがで。あんたが来たいときにきいや~」
「いや!昨日と同じ感じだからきっと偽物陣痛です!とりあえず朝日を見るまで家で様子をみます!」
昨日朝になって陣痛が遠のいたのがよっぽどトラウマ。
前駆陣痛の度に助産院に駆けつけていたらフライング三回もあっという間に使い果たしてしまう。
それにしても痛い痛い痛い。
5:00 悪寒で全身がくがく。
そうだ風呂に入ろう。
風呂に入るが痛みはちっとも変わらないが寒さは少しまし。
途中おしっこに起きた父が「風呂に入りゆがかえ~大丈夫かえ~」と声をかけてくれる。
風呂から上がる。
腰を中心に全身がずーんとした痛み。更に更に痛い!
座っていることもできなくて、朝靄の中家の前の坂を上ったり下りたり。
母が心配そうに見てくれている。
家に入る。更に更に更に痛い!
迷うことなく先生に電話「先生痛いんです!偽物か本物かわからんけどいきます!」
とだけ言って電話を切る。
「助産院連れてって・・・」
慌ただしく動き始める両親だが、なんせ昨日の今日で偽物の可能性もあるから余裕がみられる。
父「腹へった」
母「パン焼こうか?」
父「えい。持って行く」
パンの用意やお茶を沸かしたり新聞鞄に入れたり・・・
どうでもいいから早くして~!!!
痛みで言葉を発することができなくて悔しくて泣ける。
その姿を見た両親はようやくエンジンがかかったようだ。

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お産④

陣痛を一晩乗り越えた朝。
すっきりと気分が良くて用意してくれた朝ご飯をもりもり食べていると
先生「前の張りは何時?」
私「えーと、六時頃かな・・・」
あれ?あれ??そういえば一時間ほど陣痛がこないのはなぜ。
陣痛陣痛私の陣痛どこにいったの?
お腹の赤ちゃん出てくるんじゃないの?
先生「今日はお開きにしようかね。かまんで、うち三回までフライングOKやき」
そうか三回までいいのか。。
これが前駆陣痛というものか。
前駆というか、本気で痛かったのになぁ。
先生「まあええやん、これで前駆陣痛というものはわかったろ。本物は大きな川の流れに巻き込まれちゅうような感じ。考えることもなく来ることになるき」
「あっ明日の妊婦検診受けていくかえ?」
ええ、はい。受けていきますよ・・・
もう乗るつもりのなかった体重計に乗り、案の定増えている。
先生「この期に及んでまだ・・・annoy

勘違い陣痛だし、体重は増えているし、雨は降ってるのに傘は一本しかないし。
言葉少なく夫ととぼとぼ帰り道。
夫「先生は明日まで高知にいろって言ってたけど、俺は今日明日は産まれんと思う。たぶん予定日ばっちりじゃないかなぁ。仕事引き継ぎあるし今日夜帰るよ」
もうお産以外のことに気持ちを振り回されてはいかんと思い、口を挟まず受け入れる。
夫を駅まで送っていく途中も、時々お腹が張って痛い。けど規則的ではない。
いつまで続くかわからないこの前駆陣痛、お産への不安、夫が帰ってしまう心細さ。
ぽろぽろと涙が出てくる。
いつもは夫に偉そうに一人でも生きて行けるようなことを言ったりもするけれど、私はこんなにも気持ちは夫に頼っていたのだ。
帰りはタクシーで帰るようにと言われたけれど涙が止まらなくて結局歩いて帰る。

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